ありがとうございました〜写真展「emu」富士フォトギャラリー銀座 2018年4月13日〜19日

お陰様で盛況のうちに写真展を終えることができました。
御来場下さいました皆様、ありがとうございました。

「emu」

歩く。という行為は、人間の最もシンプルな生きるための動作でしかないでしょう。
しかし、日々の生活の中で、そんな単純な動作さえ満足に行っていないのが現状でした。
延々と気が済むまで歩いてみたい。そして何処かへ辿り着いてみたい。 私の中の本能が求めていました。

始めてみると、ただ歩くというだけなのに、それは思っていたほど簡単ではありませんでした。
日常のすぐ傍にあるWildernessに、あっけなく打ちのめされて、負けて町に帰る。
せっかく自然の中に分け入るというのに、最新のテクノロジーで身を固め、物資が尽きれば降りるしかない脆弱さ。
ひたすら前進しながらも、常に過去ばかり振り返り、何の確信も持てず、目の前の悪路と格闘するだけの日々。
つきまとう違和感を、本来ここにいるべきではない外来生物たちに重ねて妄想に耽ることで、辛うじて耐えていました。

それでも人間の持つ底力は、想像以上に強いものだと知りました。
ひ弱な私でも、不測の事態に遭えば、切羽詰まり、必死になり、身体の奥に眠っていた力が呼び起こされてくるようです。
自分の限界を思い知り、めちゃめちゃにやられ、そんな姿を笑いあう仲間との出会いがあり、協力して乗り越え、
やがて張り詰めていた気持ちが解けてゆく。
そして束の間、自然と一体化したような穏やかさに包まれる。
自然は私の存在を決して拒絶しない、私はここに居てもいいんだ。という静かな喜びでした。

終着地が近づくにつれて私は、迫り来る現実から逃避したいという気持ちになりました。
単純明快に生存本能に従っていられる快感が、もうすぐ終わってしまう。寂しい。
その先には、相変わらずの面倒な生活が待っているのだ。

ゴールは、一つの区切りに過ぎません。
そこで何かは終わるけれど、他のすべては続いているのですから。

たとえ楽ではない行程であったとしても、決められた一本道をたどるのは、ある意味で気楽なことでした。
ここから先は、無数の選択肢をもって現れる道の中から進みたい方向を自分で選んで、再び歩き始めるしかありません。
最初から我が道を突き進む逞しさを持っていなかったからこそ、バカバカしい程の長い回り道が必要だったのでしょうか。

あれから1年が過ぎて、ようやく新たな道へ踏み出せるような気がしてきました。

2018年4月12日
地現葉子

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